「廿楽先輩、私ではありませんっ」
「下手な嘘はおやめなさい」
「嘘なんて……」
問答無用。一瞬にして、緩は華恩の乙女心を瑠駆真へ漏らした密告者。
こんな事って――――っ
目の前が真っ暗になる。クラクラと重い頭を必死に支えるが、いつ倒れてもおかしくはない。自分が真直ぐに立っているのかどうかさえ、今の緩には定かではない。
蒼白になる緩。瑠駆真の存在も忘れて睨み付ける華恩。
両者の有様に瑠駆真は軽く嘆息し、左手をズボンのポケットに突っ込んだ。
「何を揉めているのかは知らないけれど」
その言葉にハタッと我を取り戻し、瑠駆真へ向き直る華恩。あきらかに狼狽している姿を呆れるかのように、瑠駆真はもう一度息を吐いた。
「君の胸の内を僕にバラしてきたのは、小童谷だよ」
「え?」
激しく眉を潜める華恩に、瑠駆真はゆっくりと繰り返す。
「小童谷陽翔だ。あの一年生じゃない。理不尽な罪を無関係な人間に被せるのはやめろ」
見ているだけで腹が立つ、と吐き捨て、瑠駆真は再び華恩へ背を向けた。
「僕の興味を引きたいからって、ずいぶんと大掛かりな仕掛けを考えたものだな。感心するよ」
心にもない言葉をシャアシャアと吐き、ゆっくりと出口へ向かって足を進める。そうして、扉に手をかけ、振り返る。
「でも僕は、君には興味もない。あまりしつこいと逆に引く。なにより、君のような傲慢で高飛車な人間は嫌いだ」
断言し、腕を伸ばして扉を開け放つ。そうして、怒りのあまり声の出ない華恩を捨て置き、部屋の外へと足を出した。
だが、そこでふと思い出したかのように、もう一度振り返る。
「それから、その下心丸出しの色目はやめてくれ。気色悪い」
そう言い放ち、今度こそ瑠駆真は、悠然と副会長室を出て行ってしまった。
「き… らい」
その言葉を口にするまでに、たっぷり五分はかかっただろう。その間、室内の誰もが何も言葉を発せず、ただ呆然と入り口を、そして怒りに震える華恩の姿を見つめていた。
土曜の午後。下校する生徒の声が微かに響く。少々曇ってはいるものの、何事もなければ、暑過ぎもせず寒過ぎもせず、なんとも過ごしやすい昼下がり。
だがそれは、何事もなければのお話。
「はぁ る… とぉぉぉっ」
まるで獣が唸るような声。華恩の身体のどこからそのような声が出てくるのだろう。その不気味な声音に、緩のような一年生は、小動物のように縮み上がる。
「陽翔っ」
だが、ここで彼を責めたとて何にもならない。なにより責めたところで、瑠駆真にバレてしまった華恩の恋心を取り消すことなどできないのだ。
ならば、バラした陽翔をどうにかするのか?
だが華恩は思い留まる。
陽翔がごく普通の一般生徒ならばそれも可能だろう。権力を総動員させて唐渓の世界から爪弾きにし、必要があれば親の力も行使して、自主退学にでも追い込んでみせる。自分の受けた屈辱の腹いせの為ならば、華恩は平気でそれくらいの事はする。
だが、相手は陽翔だ。この学校で、華恩と対等に付き合える数少ない存在。華恩の親が唐渓にある程度の影響力を持つのと同じように、陽翔の親も影響力を持つ。何より親戚関係にある陽翔に何らかの悪影響を与えるなど、華恩の親が許さないだろう。
陽翔を貶めるのは無理だ。それに―――
華恩はギリリと歯を噛み締める。もうそこに、普段の優雅な淑女の姿はない。
私に向かって、嫌いだなどと―――っ!
可愛さ余ってとはこの事か。
下心ですって? 色目ですって? 気色悪いですってぇぇぇぇっ!
沸騰しそうな激情。両手をこれ以上ないほど握り締め、瑠駆真の立ち去った出口を睨み付ける。
「許さない」
唸り声に、その場の一同が生唾を飲む。
「山脇瑠駆真。お前は絶対に許さない」
怨思を込めた華恩の声。緩の身体がゾクリと震えた。
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